居抜き物件の原状回復 2

最初の仕事は、居抜き店舗の仲介でした。正確には新借主は既に決まっていて、契約手続だけをしたのですけどね。トラブルも多いという居抜きだったので、契約書作成や当事者への説明には神経を使いました(参照:過去記事 「居抜き物件の原状回復」)。今も1件、居抜き店舗の契約を進めているところです。弊社1社での仲介。

Small shop in Cotignac, November 2007 © by caspermoller

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居抜き店舗といえば、、最近、読者の方から次のような主旨のメールを頂きました。

居抜物件の旧借主で退去3年後の現在、原状回復の負担でもめています。退去時に、新借主に造作を無償譲渡し、退去にあたり貸主から保証金の返還を受けています。新借主と貸主との契約には参加していません。

原状回復費用の一部を負担するように求められているのですが、そんな必要があるのでしょうか。

一応考えられる範囲でのお答えをしました。返答内容を少アレンジしつつ記事にしておきます。居抜き物件に接することが増えたので、返答内容に加筆して記事にします(ご質問者には快くご了承いただきました)。ブログの題名通り、未経験から不動産会社を始めて間もない人間が書くものなので、内容・表現に足りない部分などがあるかもしれません。その辺差引いてお読みください。また、誤りなどあればご指摘下さい。

 

1. 一般的には旧借主が費用負担する必要はないのではないかと推測します。

全ては契約書の内容によりますが、お話の範囲で考えると、旧借主が退去した際に、貸主に対する原状回復義務を果たしたことを前提とした保証金返還が行われていると思われます。

貸主と旧借主との契約書には、「物件の明渡しが完了し、借主の債務が完済された場合に償却部分を除く保証金の残額を借主に返還する」等の趣旨の条項があるだろうと思います。

また、ここでいう借主の債務については、「明渡し時に本契約から生じる借主の債務の不履行が存在する場合には、当該債務の額を保証金から差引く」旨の条項もあると思います。

これらからすれば、保証金返還に際して文書で明示的に留保事項などが示されているなどの特別な事情がない限り(普通ないと思いますが)、貸主との債務関係はその時点で全て終わっているはずです。

2. 新借主と貸主との契約

新借主と貸主との契約に旧借主は関与していないので、その契約内容がどうであれ、旧借主には全く関係のないことではあります。ただ、一応新借主と貸主の契約についても触れておきます。

新借主からすれば、「居抜で引き継いでいるので居抜で返せば良いはず」と思い込み、それを貸主から「スケルトンで返せ」と言われると理不尽に感じるということは大いにありそうなことです。

これに備えて、

・造作、設備は残置物扱いで新借主に維持・管理・原状回復の義務があること。
・原状回復はスケルトン返しが原則(協議で貸主が残置を認めたものは例外)であること。
・造作買取請求権の排除。

を明記するようにして、重要事項説明でもしつこいぐらい説明するようにしています(最初の仕事の際に、このブログを通じて諸先輩方にアドバイス頂きました)。実際の条項記載は物件に合わせてより細かい場合が多いです。

このような細かい記載ではなく、「旧借主の原状回復義務を継承する」等の文言などの場合もあるとは思います。それでも原状回復についての意味内容は同じだとは思います。ただ、それでも私は誰もが疑義を挟み込む余地のない書き方をするように心がけています。

しかし、いずれにせよ、それは貸主と新借主との契約であり、旧借主等の第三者に効果が及ぶものではありません。要は、貸主と新借主との契約内容は旧借主には一切関係ないこと、ということです。

3.  旧借主から新借主への造作譲渡など

造作・設備の所有権を一旦貸主が取得してから新借主が入居する場合は別として、旧借主から新借主に直接譲渡する場合は、その両者間で契約書を交わした方が良いという気はします。私が作成したことのあるのは無償譲渡に関するものだけなのですが、

・造作・譲渡の所有権が旧借主から新借主に移転すること。
・造作・設備に関する瑕疵担保責任を旧借主は負わないこと。
・原状回復については新借主が貸主に対して負い、旧借主はその義務を負わないこと。

等の意味の内容を明記しました。原状回復義務は貸主との関係であって、新旧借主間の契約で貸主との関係が定まる訳ではないので不要な条項のように思えなくもないですが、新旧借主間の内部関係として後々もめないために明記しています。

契約内容は当事者の自由なので、もし仮に旧借主と新借主との間に新借主退去時の原状回復についての特約が交わされ、ある程度の負担をすることになっているなんてことがあれば新借主に対して負担を按分する義務が生じるでしょうし、貸主を含め三者間で取決めがされていれば旧借主が新借主や貸主に対して義務を負うことはあるでしょう。しかし、そのような契約をすることはまずないでしょう。

4. 要はそういう契約があるかどうか。

長々と書きましたが、旧借主に原状回復義務の負担を求めるには、貸主であれ新借主であれ、旧借主がそのような義務を負う契約に参与していることを証明しなければなりません。実際問題としては、旧借主が署名・捺印した契約書に、新借主退去時の原状回復義務が書かれている旨を明示しなければならないことになります。それなしに、既に契約を離脱している人間に義務を負わせるのは不可能だということです。

契約内容をどのようにするかは当事者の自由なので、本当は契約書を精査しないと何とも言えません。ただ、契約によって縛ることができるのは、契約当事者達だけで、自分のあずかり知らぬところで交わされた契約によって自分が縛られるということはありません。ですから、旧借主は自分が署名・捺印した契約書を確認すれば良く、新借主と貸主との契約については、「自分は関係ない」とすれば問題ないです。貸主と旧借主との賃貸借契約関係やそこから生じる債権債務関係については、1.で書いた通り、既に終わっているのは明確だと思います。

 5. 蛇足

飲食店の居抜き物件などで、「うわー汚いなあ。設備も古いなあ。」と思うようなものも多いですが、それでも「これなら自分の思い通りだ」と思う人もいます。今進めている居抜き店舗もそういう類の物件でしたが、借主さんは内見した時点でかなりテンションが上がっていました。

居抜きでの賃貸というのは、社会経済的にみれば無駄な取り壊しや工事の節約になりますし、旧借主からすれば原状回復工事費用を節約でき、新借主からすれば新規内装工事費用を節約できる上に営業開始までの期間を短縮できて、良いことずくめのように見えます。

実際、造作・設備に対する評価・認識とニーズが新旧借主間で合致していれば、当事者にとってメリットは大きいと思います。

しかし、居抜きでつないでいっているのは事実上のことで、契約書には原状回復義務について何らの留保もなく規定されている場合も多いように思われ、その場合はどこかでトラブルになる可能性も感じなくはありません。

ずっと居抜きでつないでいければ良いですが、どこかのタイミングでスケルトン返し(あるいはそこまで言わなくても多くの造作・設備の撤去・原状回復)が現実に問題になったとき、そのタイミングで借主は原状回復義務を負うことになります。契約内容との関係で言えば、例外的に造作・設備残置での明渡しが認められているだけであって、要は完全な原状回復が先延ばしにされているようなものだと思います。

原状回復義務を負うことになる借主からすれば、何となく理不尽な気がするということもあるかも知れませんが、多くの場合そのような契約内容になっているはずです(また、無償譲渡の場合は、その分の費用は節約できているので、経済的にも負担だけを押し付けられているわけではないです)。

新規に開業する人(特に事業経験のない人)の場合、退去する時のことを想定していることは非常に少ない気がします。拡張移転する場合はともかく、うまくいかず閉店する時のことは想定していないのが通常です。

でも、建物によりますが、原状回復工事は新規内装工事の際の費用より高くなることも多く、ハイグレードなビルなどで大がかりな内装工事を行ったりすると、原状回復工事は新規工事の倍以上の費用がかかるようなこともあります。また、新規内装工事はともかく、原状回復工事はビル指定業者での工事を義務付けるような契約もあり、そのような場合も費用は高くなりがちだと思います。あまり細かく口出しすべきだとは思いませんが、私は契約の過程でお客さんに原状回復のことも必ず念頭に置いておくように、を強く刷り込むようにはしています。

店舗ビルのオーナーから過去の契約書などを見せてもらうと、原状回復に関する条項がかなり曖昧なものもあり、居抜き物件の原状回復義務がどの範囲まで及ぶのかが曖昧に思えるものもあります。それでも、貸主・借主間の信頼関係で問題なくやってこれた、ということの方が多いのだろうとは思います。

ただ、ベテラン大家さんでも、話をしていると不安を感じていることは多々あるようで、「契約書の文言をもっと明確にしましょうか?」と提案して「要らない」という方はいません。もっとも、大家さんが借主さんと相談しながら融通を効かせるという部分は残したいので、「但し、協議の上云々…」みたいなものは付けるのですけどね。

お客さんである借主さんのことを想うと、抜け道がありそうな条項を潰していくことに、ふと気が引けるような気持ちになることもあります。しかし、一番大事なのは曖昧な部分を出来るだけ残さないことで、当事者が「聞いてないよ!」とならないことだと思っています。契約前に、出来得る限り、将来に発生する可能性のある負担を知ってもらい、その上で契約締結して欲しいと思います。そして、契約文言だけではなく、実質的に借主がその負担を理解できるようにするのが仲介の責任だと思います。

ただ、いくら契約内容をはっきり理解していても、いざとなれば払わなくて済むものは払わないでおきたいと考えて争う人も稀にいるでしょうね。そう考えると、やはり契約書・重要事項説明書の内容・文言の明確さはなんといっても大事だと思います。

 

尚、造作・設備の有償譲渡の場合については、より細かい配慮・作業が必要かと思います。また、業務用エアコンや冷蔵庫のリース契約の引継ぎなど、旧借主が負担を引継ぐ場合もあります。ただ、私はまだ有償譲渡に関わった経験はなく、この辺は多くを語れません。

また、実際にトラブルに巻き込まれたこともなく、そもそもの経験がまだまだです。以前諸先輩方から頂いたアドバイスなども踏まえ、どのようなパターンでも正確さと説明の丁寧さ、契約条項の明確さを心がけていきたい、と思います。

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griffin

グリフィンです。不動産業もWordPressも関わるようになってまだわずか。それを差し引いてお読みください。コメントはお気軽にどうぞ。

4 thoughts to “居抜き物件の原状回復 2”

  1.  グリフィンさん、こんにちは。

     最近、私の知り合いが、居抜き物件で喫茶店を始めました。居抜きだけあって、設備はほとんど前の人の物を使うということでした。内装に少し手を加えるぐらいということで、ほとんどお金がかからず始められると喜んでいました。ゼロから喫茶店を始めると、お金のかけかたしだいでしょうけど、千万単位でかかりそうですから。

     今回の記事を読んで、前の賃借人や大家さんとの関係といいますか契約はどうなっているのか、ちょっと気になりました。

     ただ、いくら赤の他人でない知人とは言え、さあこれからがんばるぞと意気込んでる人に、この店を辞めるときどうするの、とは流石に聞けないような気がします。

     契約については、私の仕事にも関係することなので、大変参考になりました。事前に相談を受けられれば、後で紛争にならないよう、アドバイスができますよね。

    1. ラストショーさん、こんにちは。

      確かに、今から頑張るぞとテンション上げいる人に、閉店する時のことを考えろというのは気が引けますね。

      私は、うまくいかなくて閉店、という話をする前に、うまくいって拡張移転したいとか、もっと良い場所に移りたいとか、そういう例を挙げて話すことにしています。そういう話の流れの中で、「こんな話もあるみたいですよ」と閉店・原状回復で苦労、といった話をすべこませる感じです。その後また拡張移転する話などするのですけどね(笑)。

      生じる可能性のある負担やリスクについては、出来る限り知ってもらうのが、お互い安心ですよね。

      開業前の忙しい時に、コメントありがとうございました。頑張って下さい!

  2. 有償譲渡は権利売買の場合ですね。僕がする時は、造作備品の売買に関しては、旧借主•新借主で直接売買してもらうようにします。
    ですから、譲渡費用の領収書は旧借主に切ってもらいます。
    こうしておくと、後で造作物、備品でトラブルが発生した場合に巻き込まれなくてすみます。
    不動産売買ではありませんので、旧借主も瑕疵担保責任を追う必要は無いと思いますし。現状渡しと伝えておけばなんら問題はありません。

    1. とおりすがりさん、ありがとうございます。

      確かに、造作・設備などの後々のトラブルに巻き込まれたくはないですし、物の状態などを確認するのも大変そうです。当事者間でやってもらうのが一番かも知れませんね。

      ただ、報酬を頂いての有償譲渡契約の仲介もしてみたい気はします。

      動産売買の仲介手数料は、宅建業法の範囲外として各業者設定がまちまちのようですが、この辺に特化している業者さんなどは、それなりに高額な設定のように思えます。

      その場合は、かなり細かい作業が必要でしょうし、それなりの責任や手間が生じそうですね…。

      でも、そのあたりも含めてきっちりやれるとなれば、居抜き店舗仲介の貸主媒介を積極的に取りに行くのもありな気がします。

      とにかくもう少し経験を積みたいです。

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